どうも!講師のHouichiです。作家活動をしたり、美大受験の指導、絵の指導をしています。
さて、美術館やSNS上には圧倒的な実力が感じられる絵が大量に見られますが、
そのような絵と自分を比べてしまうと
自分には才能がないんだと考えることがあるかもしれませんよね。
どんな分野でも才能のある人たちが前線で走っているのは確かです。
けれど絵に関して言えば本当に才能なければ描けないのでしょうか?
答えはYESであり、NOです。
え?どう言うこと?と言う声が聞こえそうですが、
これからその理由を説明していきます。
・絵を描く才能の定義について考えよう
・才能がない人が才能を磨くには
・絵を描く才能だけあってもいけないのはなぜ?
・絵を描く才能の定義について考えよう
絵を描く才能の定義を考えていけば答えがNOでありYESである理由が分かってきます。
結論から言えば、これは考え方の違いによって、
捉え方がどちらでもあり得ることが言えるんですね。
YESの視点から言うなら、リアルに見えたように絵を描く技術が高くなければ、
才能がないという見方ができますし、
これは、美術教養を抜きにすれば一般的な考え方でしょう。
つまり、多くの人にうまいと感じてもらえるような絵が描けることが
絵を描く才能がある、と定義することができます。
では一方でNOの視点から見ればどうでしょうか?
絵は才能がなくても描けるということですが、これは先ほど言った、
そっくり見たように描けることが絵の才能と仮定するならば、NOの世界線もあります。
この場合はルールを変えてしまえば良いんですね。
例えば、自分の好きなように描き続けることが良しとするならば、
そっくりに描けなくても絵の才能があるといえます。
オランダの画家であるゴッホや、お笑い芸人のジミー大西さんはこの範囲に属します。
他にも面白い人生を経験した人が絵と他の能力を組み合わせて絵を発表して、
多くの人気や支持を得ることができれば、人によっては絵を描く面白い人として認識され、
絵を描く才能のある人と捉えることができます。
ものすごい画力があるわけではないかもしれないけど、一定レベルの画力はあるだろうし、
絵を描く人ととして覚えてもらえることには成功しています。
とはいえ私の経験を踏まえた考えでは、独学であれ教室で学ぶであれ、皆ある程度は
リアルに描写する力は身につけてあります。
一定期間本気で基本を学んできているか、自分の作風を描くうちに基本的な見て描く能力が
高められているか、どちらかは必要といえます。
なぜ見て描き写す力が必要か、それは思い通りに描く力の根底にある力だからです。
想像で描くにしても、説得力があるような抽象画やファンタジー絵画は絵の基本がある人
たちです。見たら、ある程度わかります。
では自分には才能がないと思う場合はどうすれば磨くことができるんでしょうか?
・才能がない人が才能を磨くには
絵の才能を磨くには
目的をもって、要点を理解しながら、描き続けることが効果的です。
また、才能がない、あるいは才能なんて考えたことがない、ぐらいの方がいいんですね。
なぜなら傲りが目を曇らせ、やる気減の原因になります。
うさぎと亀の物語のように、始めは能力が高くても、途中でなまけては、
追い越されます。 続けることも才能ですし、量がいずれ質となっていきます。
結局才能は行動した結果で、遅いか早いかだけの話です。
そして、描ける人から学ぶことで、スピードを速めることができます。
・絵を描く才能だけあってもいけないのはなぜ?
しかし、絵を描く才能だけあってもいけないこともあります。
この点に関しては目的によります。
例えば、多くの人に届ける目的があるのなら、自分の足で歩いて、人に会いに行くか、
ネットで発信するか、何かしらのアプローチをすることが必要です。
また、絵で生きる、まで考えているのならビジネスや経営について学ばないといけません。
一方、家族や友達に見せることが目的なら、普段から家族や友達と
良好な関係を気づいていく努力が必要です。
そうすることで、喜んで作品を見てくれる可能性が高くなりますよね。
もちろん自分の画力を上げて達成感を味わいたい、も素晴らしい目的です。
その場合はしっかり絵を学びつつ、描き続けましょう。
つまり、
あなたが絵を描く目的や、それを通してふんわり、味わいたい感情や感覚を明確にさせて、
描いていく過程で時にはこれらを意識することが、
絵の才能を開花させるきっかけになるのではないでしょうか。
今回は踏み込んで絵を描くには才能が必要か、について話して見ました。
今まで生きてきた人生の全てを生かせば、あなたにしか描けない絵が描けるのは確かです。
そのお手伝いができれば嬉しいです。
体験お問い合わせは左上の体験・お問い合わせからどうぞ!
最後までありがとうございます。